もくじ 研究 研究の概要

 研究の概要


 

 止むことを知らない人口増加や様々な経済活動に伴う環境改変により、今日地球上に存在する生物及びその環境は予断が許されない状況に置かれている。生物は一種のみで生存することが事実上不可能であり、現実に複数種がなんらかの関係をもって生活しているわけで、一種が減れば他の何種かが何らかの影響を受けることになる。そのような現実を背景に、天草臨海実験所では「近海の海洋生物、特にベントスを扱う」従来の臨海実験所の性格を超えて、地球レベルで生物多様性および生物群集の問題を包括的に取り扱うことを大目的としており、ハビタットにとらわれない群集生態学的な研究に取り組んでいる。すなわち、多様な分類群が存在する海洋のみならず、陸水および陸上群集をも含めて様々な生物群集を対象とし、地球上の色々な系を比較検討する事によって、「複数の生物種はどのようにして共存し群集構造を作り上げているか、また群集はどのようにして存続しているのか」を考察している(M.Tokeshi 著、"SPECIES COEXISTENCE" 参照)。これには野外研究と共に群集構造に関する理論的な仕事も進めており、実証・理論の両者による総合的なデータ解析を目指している。これらの総合的なアプローチ・群集比較により、特定の生物群集の特徴をもより良く理解できるようになると考えられる。

 臨海実験所のある天草下島は昔から風光明媚なことで知られ、雲仙天草国立公園の主要地域として指定されている。そのため付近の環境は比較的良く保たれており、自然状態の海岸・沿岸域をはじめとして、河川・低山樹林帯など、群集生態学の研究対象には事欠かない。特に生態学の発祥地であるヨーロッパ・北アメリカと比べ天草は温帯・亜熱帯性生物相が格段に豊富であり、地の利を活かしたオリジナリティーの高い研究が可能である。また、当研究室では、天草のみならず、屋久島・石垣島・沖縄島・西表島等の南西諸島、東南アジア、南太平洋、南アメリカなど生物多様性の高いことで知られる地域を研究対象とした仕事も進めており、教官を中心として国際的な研究活動に力を入れている。

 現在天草臨海実験所では、温帯から熱帯のかけての沿岸浅海水域における野外研究を中心に、広範なテーマの研究を行っている。

  • 肉食性巻貝類の比較生態
  • 藻食性巻貝類の行動と資源利用
  • 陸水群集の空間分布とパッチ動態
  • 水圏群集におけるランダム性の意義
  • 岩礁性フジツボ類の個体群動態
  • サンゴ類の定着及び繁殖生態
  • 潮間帯性ヤドカリ類の資源利用
  • 東アジア熱帯サンゴ礁の群集生態
  • 魚類における繁殖特性の地理的変異
  • 潮間帯ナマコ類の社会構造と空間分布
  • 浅海アマモ群集の構造
  • 砂礫底性二枚貝類の個体群動態
  • 砂質干潟の個体群・群集構造
  • マングローブ林の群集構造
  • 種アバンダンスパターンの理論解析
  • 河川及び森林昆虫群集の多様性解析
  • 種共存機構の比較研究
  • 南米潮間帯の群集動態
  • 深海性メガベントス群集の空間分布
  • 浅海性古生物群集の構造
  • Lunella の貝殻表面着生生物のニッチ関係
  • 沿岸性動物プランクトン群集の体サイズ構造
  • タイドプールの魚類群集構造

 大学院生の研究テーマは群集生態関係であれば海洋、陸水、陸上生態系のどれでも可能であり、現にそのような研究の「多様性」を奨励している。オリジナリティーの高いテーマであればどのような生物群・環境系でも考慮に入れる準備がある。テーマ設定もさることながら、フィールドワークを中心とした生態研究の場合特に問題になるのは、どの程度の「質」のデータが集められるかであり、物理的には近い場所で1人で良いデータが集められるのが理想的である。また、どのようなテーマにせよ、共存する複数の種を生態学的に捉える目を養うことがきわめて重要である。特定の生物について博物学的に知識を集積するのではなく、生態学研究者としての柔軟な「感覚」と技術を身につけることが院生に課せられた最大の課題であるとも言える。当研究室ではそのような柔軟性が今日の生態研究者に強く求められているとの認識に立って大学院教育を進めている。また、生物多様性・環境保護らグローバルな問題を扱うことの多い生態学徒としては、最終的にどのような職に就くにせよ、国際的なコミュニケーションが益々必要であり、そのような力を身につけるには不断の努力しかないとの認識を持って勉学に励まれることが望まれる。大学院入学を希望する者がどのような教育的・研究的バックグラウンドを持つかは一切問題でないが、当研究室の研究・教育方針に照らし合わせ、教授と事前に相談することが必要である。

 以下、本研究室で行われている研究の一部について簡単に紹介する。

諸研究

潮間帯研究

 潮間帯は陸域と水域のはざまとして海洋環境の中でも特殊な性格を持ち、アプローチの容易さと相まって、海洋生態研究の中でも重要な位置を占めてきた。天草臨海実験所周辺にはきわめてバラエティーに富んだ潮間帯環境が存在し、現在色々な研究が進められている。

 天草の転石地潮間帯は巻貝類を主とする特異な群集構成を示し、世界的に見ても興味深い系を作っている。肉食性巻貝類の近縁2種 Japeuthria ferreaJ. cingulata は同じ食物資源を利用しながらも、競争力・成長特性に相反する性向を示し、微妙なメカニズムに依って共存していることが解明された。また、Monodonta, Nipponacmea など複数の藻食性巻貝類の比較生態が、行動・分布・資源利用パターンなどの解析を通して調べられている。

 岩礁潮間帯ではフジツボ類の個体群動態に関する長期的調査が続けられており、固着生物群集に共通な「定着過程の変動性」を浮きぼりにするデータが得られつつある。また、タイドプールの魚類群集に関する研究では、種間の行動および資源利用の時空間的パターンの違いが見い出され、さらに群集構造の地理的変異性について画期的な成果が得られている。

 潮間帯研究は国内だけでなく、国外、特に南米太平洋岸(エクアドル・ペルー・チリ)で、群集構造の地理的変異と広域的撹乱要因として知られるエルニーニョ現象との関連で調査が進められている。また、インドネシア・スラウェジ島におけるマングローブの空間分布と群集多様性についての研究も行われている。

サンゴ・アマモ群集研究

 サンゴ群集は海洋生態系の中でも特に生物多様性が高い系として、また近年の世界的白化現象と相まって注目を浴びている。天草下島南部には100種余りの造礁サンゴ類の生息が確認されており、定着、成長、分布、繁殖生態などを含めて野外調査・実験と室内実験を組み合わせた研究がなされている。また、沖縄のサンゴ礁サンゴ群集と比較することにより、非サンゴ礁域サンゴ群集の特性がわかりつつある。国外ではインドネシアのサンゴ群集の構造と多様性に関する研究が行なわれている。

 内湾に発達するアマモ場は3次元的空間構造を作り、また栄養供給源となることでベントス群集にさまざまな影響を与える。アマモ場と非アマモ場の群集比較により、生態的差異に基づいた空間利用の違いが見い出された。

陸水群集研究

 分類群的違いを除けば、陸水と浅海環境には類似した群集機能・構造が見られる。例えば河川の石礫底は転石潮間帯と似ており、河川・湖沼の沈水植物帯はサンゴ・アマモ場と似たような構造を持つ。フサモやバイカモなど河川の沈水植物は複雑な空間構造を形作り、動物群集に様々な面で影響を与えている。陸水群集でも特に多様性の高いユスリカ類に関しては、コンピュータシミュレーションと組み合わせた研究により系の蓋然性、種間競争関係の弱さなどが明らかになってきた。現在、河川の底質構造の複雑性とベントス群集の多様性に関する仕事が進められており、また、ロンドン大の研究者と共同で石礫底群集一般の空間分布動態と密度‐体サイズ関係に関する研究を行っている.その結果の一部は米 Science 誌に発表された。また沈水植物付着群集のアバンダンスパターンの解析も進めている。

群集構造論

 進化的、生態的側面を含めて群集の共存機構を検討することは、近年問題にされている生物多様性の保全と相まって、きわめて重要なことがらであると言える。当研究室では、様々な群集のパターンを比較することによって、共存機構自体の多様性がつかめるであろう、との観点からデータ収集・解析を進めている。特に、種数の変化に伴って群集のパターンはどう変化するかを検討している。この方面での2000年までの成果は、単行本(参考論文)にまとめられている。

参考論文

Tokeshi, M.(1999): SPECIES COEXISTENCE: Ecological and Evolutionary Perspectives. Blackwell Science, Oxford.

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